2014年07月01日

軍師官兵衛。第27回感想妄想「高松城水攻め」

高松城水攻め。
これは戦国史では、やっぱり戦が、単なるチャンバラ的なものから、土木建築を有する「経済戦争」へと
大きく変わった節目になっている点がある。



経済戦争という側面

黒田官兵衛のすごい点は、竹中半兵衛のような「兵法」による局地的な戦闘による采配より、
今回の高松城の水攻めのような、大規模な土木工事による経済戦争をメインにした采配が
とっても冴えている点だと思う。

羽柴秀吉の下で、金・銀の使い方を熟知し、天下の補佐役である羽柴秀長と共に、
敵の兵力の多寡よりも、「総合的な経営力」をメインとした、経済戦争の仕組みを早い段階から
熟知し、それを無理なく対応している点。

現在でいえば、ゼネコンのような総合建築の代表取締役のような手腕をメインとした英知を有し、
いつ・どこで・どれだけの資金ニーズや大型建設が必要であり、どの程度の効果が期待できるのか。
こうした点を戦国武将でありながら、常に戦の中で考え実行している点。

こうした発想は、本来なら織田信長が本能寺の変で死ななければ、それほど目立つ事はなかったのであろう。
その意味では、信長の死がそのまま黒田半兵衛の未来志向を大きく後退させた点も歴史の皮肉と
言えるかもしれない。







組織の呪縛という側面

徳川家康が本格的に物語の中に出てきます。
織田信長が天下布武による中央集権と、宗教戦争という偉大な改革をして、
豊臣秀吉が信長の意思を継ぎ、日本の統一した。

家康のすごい点は、この2人の先人の発想には無い、日本人的な資質を植え込みさせ、
「戦いの無い世の中」を、武器ではなく精神で束縛させた点にある。

つまり、戦いを好むものを抹殺し、競争を好むものを排除させた
これが江戸時代から現在の平成時代まで続く「非上昇志向」を植え付けさせた点はすごい。

「出る釘は打たれる」
という戦国時代ではありえない価値観を、家康は晩年に「組織という戦争」で戦い、
江戸幕府の世の中で作り上げた。

結果、日本における大規模な戦争は皆無になり、幕末までこの価値観は日本人的な気質になっていく。

Posted by 黒田官兵衛考高 at 04:57 │7月